【時効だし、書いた】内定がないまま、退職をした理由。

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こんにちは、社会人2年目のヒロです!

先日、下記のツイートをしました。


2020年10月末で退職、12月から2社目に転職しました。

転職活動は8月から始めました。僕は働きながら次の転職先を探していたのですが、最後は就職先が見つからないまま退職をしました。

今回はその理由と、その時の状況を思い出しながら書きました。

本記事の執筆者

・「新卒で入った会社を7ヶ月で辞める」というスピード退職 (with コロナ)
     
・二度と社会復帰できないんじゃないか、そんな不安を抱えながらも退職を決意
     
・一ヶ月の離職期間を経て、志望企業から内定獲得

※3分ほどのコンテンツです、気楽にお読みください。

正社員だけど派遣される常用型派遣

ベンチャー企業の方が市場価値を高めやすい

僕は前職で、派遣会社と期間の定めのない契約を締結して、派遣会社の正社員として他の企業へ勤務する働き方をしていました。

派遣社員との違いは、仕事がない期間が発生した場合でも、無職になることがなく給与をしっかりと支給してもらえる点。

実際に他の企業へ勤務する働き方をしてみて、色んな企業の雰囲気やルールを知れるのはメリットであると感じました。

定期的に面談がありました

僕の担当は、26歳の男性で田中さん(仮)という方でした。今はサポートする側に回っているとのことでしたが、実務経験も十分で頼りになる存在でした。

「何かあったらなんでも言ってくれよ!すぐに駆けつけるからさ!」と声をかけてくださったのは、1年前くらいのことですが、嬉しくて今でも鮮明に覚えています。

面談は2ヶ月に1~2度のペースで定期的に行われていました。仕事の悩みはあまりないタイプだったので、サクッと話して終わるのがいつものことでした。

社会人1年目の夏

7月頃、セミの鳴き声が鳴り響く中で2回目の面談をしました。工事の音も鳴り響いていたので、周りがうるさかったのをよく覚えています。

「仕事は順調そう?そろそろ慣れてきた?人間関係は大丈夫?休日は楽しめてる?」といった質問に対し、「今のところはいい感じです笑」と答える僕。

初めて社会人として働く中で、派遣先に一人派遣をされていました。正直、寂しさはありました。たまにある面談が、心の落ち着く時間になっていたなあと思います。

素直な思いを伝えてみました

前職、働き方に違和感を覚えていました。SNSや本を読で情報に触れて、色んな価値観を得る中で、20代の働き方について真剣に考えるようになりました。

就職活動の時とは明らかに違っていて、実際に社会人として働いていく中で、自分の仕事に対する価値観が変化していたように思います。

田中さんが「じゃあ、今は悩みとか不安はないんだな?そろそろ会社戻るぞ?」と言うので、「もっと出世したいです」と僕は率直な思いを伝えました。

現状のまま何も変わらなかった…

「今は仕事を覚えてもらいたい時期だし、経験を積んで慣れてほしい。3年くらい現場で経験を積んだら、その後はもしかしたら…」

田中さんの返事は僕の望んでいたものとは違いました。

「今のポジションで出世のためにどんなことをしていけばいいか?」そのヒントが欲しかったのです。今思えば思考を放棄していますし、他責思考で無責任だったと思います。

しかし、田中さんの口から出た言葉は、「3年くらい現場で経験を積んだら…」というものでした。3年か…3年は長すぎるな…そう感じました。

泥沼にハマっていきます…

本当にこのままここで働き続けていていいのかな、ここではなかったんじゃないかな、勤務中も、通勤中も、帰宅してから寝るまでの間も、一日中ずっと自分のキャリアを考えていました。

同じ場所で働く仲間に仕事に対する考え方や価値観を聞いたり、相談をしていたりしましたが、模索すればするほど悩みは増えました。心ここにあらずで仕事をしていました。

社会人5ヶ月目

8月上旬、手当たり次第に転職サイトと転職エージェントに登録をしました。最初は手探りで、少しずつ転職活動を始めました。

同時に転職系の著書も読み漁り、転職活動の具体的な手順や必要なこと、注意点に対する知識をつけました。

履歴書を書いて危機感を抱いた

転職活動を始めるときには、履歴書と職務経歴書を書く必要がありました。就活以来に履歴書を書きましたが、経験や実績、身に付けたスキルなどを一切書くことができなくて…

このときに僕は初めて気づいたのです。

「働く中でたくさんの経験や知識、スキルを身に付けているつもりでしたが、実際には何も成長をしていない」という事実にです。空欄だらけの履歴書を見て、焦りを感じました。

久しぶりに飲みに行きました

2020年の3月ぶりに、仕事終わりに友人と飲みに行きました。同じバイト先で、中学の同級生で、就活の情報を交換しながら、励まし合いながら切磋琢磨し合う仲のいい友人とです。

仕事終わりの友人は疲れきっていて、ネクタイはくたびれていました。残業もなく、疲労感もない僕は、そんな友人を少し羨ましく思ったのを覚えています。

友人の何気ない一言に…

「仕事は大変だよ!でも楽しいんよな!」という友人の言葉が、僕の胸に突き刺さりました。楽しそうに働く友人に安堵したと同時に、悔しい気持ちが芽生えました。

やっぱり働く上で8時間を我慢する時間にしてはいけないと思いました。多くの人は人生の大半を仕事に費やします。

「やらされる仕事ではなくて、自らやりにいく仕事が大事だと思うよ」という友人の言葉は僕が仕事をする上で大切にしている言葉です。

思うようにいかない転職活動

初めての転職は、30社連続で書類選考に落選、100社以上からの不採用の通知、退職や面接の時に言われた嫌味、1ヶ月以上の離職期間、今振り返っても散々な4ヶ月でした。

本当にうまくいかないことばかりでした。

「5社から内定獲得!年収は2倍になりました!」のような転職活動の成功談をよく目にしていたので、実際はこんなにも厳しいのかと痛感しました。

2ヶ月ぶりの定期面談

9月中旬、再び田中さんと面談をしました。常用型派遣なので、「今の会社で継続して働き続けるか、それとも別の会社に移り働くか」という話を中心にしました。

「今の職場の人たちはお前のことを評価してくれている。継続の意思があるなら、今のまま働き続けるのもいい」という言葉には、思わず目頭が熱くなりました。

その他は現状の確認であったり、最近の社内事情の報告であったり、当たり障りのない会話をして面談を終えました。

本当にバカでした…

「そう言えば、仕事はは大丈夫?出世したいと言っていたけど…」と田中さんが心配そうに聞くので、「大丈夫です…」とやや不満そうに答える僕。

田中さんは何かを察してくれたのか、「どうしたの?何か困ってることあるんでしょ?」と続けて聞いてくれました。

「転職活動を始めました」

僕は田中さんならば何か力になってくれるんじゃないかと思い、転職活動を進めていることを伝えてしまったのです。

今でこそ、伝えてしまったと思っていますが、この当時はそんな風には思っていませんでした。「今時、転職活動くらいは皆んなしてるでしょ?笑」と思っていたのです。

一変する状況

3日後、田中さんから突然の連絡が入りました。「派遣先で継続して働き続けるか、それとも別の派遣先に移り働くか、うちの会社を辞めるのか」をお前には決めてもらいたい。と。

僕の顔は思わず引きつりました…

最後に「期限は今週末まで。よろしく頼むな」という田中さんは言って電話を切りました。正直、驚きと焦りで会話の内容はほとんど覚えていません。

常用型派遣のデメリット

転職の機会が極端に少ないこと。民法第627条1項によると、退職希望日の14日前に退職の意思を伝えれば、会社を辞めることができます。

前職で提示された派遣期間は派遣先で継続した場合も、別の派遣先に移りゆく場合も、どちらも6ヶ月間でした。

たかが6ヶ月ですが、されど6ヶ月。

今回の僕の転職は自分のわがままな理由での退職。勤め先にも派遣先にも迷惑がかかるならば、いっそ辞めてしまおうか…そんな風に考えるようになりました。

残る1つの最終選考に賭けてみようか…

退職の意思を伝える同週、最終選考の面接がありました。しかし、最終選考の結果が来るのは翌週、退職の決断は内定がない状態でするしかありませんでした。

次の就職先が見つからなかったらどうしようか、そのまま一生社会に戻れなかったらどうしようか、そんな不安で夜も眠れない日が続きました。

会社を辞めます

電話番号を確かめて携帯を持つ手を震わしながら、1本の電話をかけました。胸の鼓動が高まるのを感じながら、コール音を聞いていました。

「会社を辞めます」

僕が声をも震わせながら伝えると、田中さんは「そうか。分かった」と言いました。

ほんの30秒のやり取りでした。あの一言を絞り出すために、何十時間も悩みました。悩む背景には、何ヶ月も前からの行動がありました。

たった一言、たった30秒で片付いてしまうのだ…そう感じたのを覚えています。

最終選考落選のメールが届く

内定ならば電話を差し上げます。ご縁がなかった場合は、メールで連絡致します。そんな話をしていました。そんな中で届いたのたは…

一通のメール。

天を仰ぎました。目を閉じました。頭を落ち着かせ、心を落ち着かせ。もう一度、最後の面接官の言葉を思い出しました。

理解が追いついたときには、唇を噛み締めていました。手にあった携帯は床に落ちていました。

転職活動を再スタート

9月末、最終選考の結果の悔しさと、ちゃんと社会復帰できるかの不安と向き合いながら、転職活動を改めてスタートしました。

退職することも決まり、転職活動はゼロから始まり、ある意味スッキリした気持ちでやり直せていたと思います。

10月末を期限に設定する

11月からは新しい職場(2社目)で働きたいと考えながら、転職活動をしていました。

色んな転職サイトや転職エージェントを使いながら、企業研究を一つひとつ丁寧にして、入念に準備をしていました。

履歴書を書くのは思ったよりも時間がかかりました。仕事をしながら、転職活動をするのって相当大変だよなと改めて感じました。

少しずつ好転し始める

結果として、10月中に転職活動を終えることはできませんでした。いくつか選考を進んでいる企業はあったのですが、内定は一つもありませんでした。

ただ尊敬する方々とのキャリア相談をキッカケに、面接の感触は変わっていて、場数が大事だと感じたことを覚えています。

採用担当者との出会い

「ありのままのひろ君を受け入れてくれる企業は必ずある。だから企業に合わせて、自分をよく魅せようとするんじゃなくて、ちゃんと自分の想いを伝えなさい」

とある面接で出会った人事の方と、そのときの言葉には本当に感謝をしていて、面接のはずが気づいたらキャリア相談の時間になっていました。

「10年後くらいに成長した君にまた会いたいわ笑」という言葉が嬉しくて、この方のメールアドレスだけは未だに消すことができません。

3ヶ月かけて1つ目の内定を獲得

11月上旬、初めての内定を獲得しました。飛び跳ねるように、喜びました。ガッツポーズをしました。

心底安心しましたし、心を救われました。

現在、お世話になっている会社からのアピールもあり、11月中旬まで転職活動は継続をするも、4ヶ月した転職活動を終えました。

複数社から内定をもらえれば良かったのでしょうが、あのときの僕には難しかったです。

張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れたような感じがして、あの夜ほどグッスリと眠ることができたのは23年生きてきた中で初でした。

内定ないまま、退職した理由。


次の転職の機会が6ヶ月後だったから。流石にそんなに長い期間を待つことができませんでした。

20代は今後のキャリアを考えていく上で大事な期間。「新卒は3年は我慢しろ」と言ったりもしますが、昔は昔で今は今だと考えます。

残り1ヶ月ありました。ある程度の貯金は確保できていたので、最悪バイトでもすれば死なないし、まあいっか。そんな風に思って僕は、会社を辞めました。

苦しかったし、不安だった。悔しい思いも何度もしたけれど、あの時の判断は間違っていなかった。転職して5ヶ月が経ちますが、そう感じています。

初めての転職活動は、本当に失敗ばかり。どこから反省をすればいいのか分からないくらいに、失敗に失敗を重ねました。

ただ今振り返ると、失敗も含めて全てがいい思い出です。あの時あの経験は今でこそ、僕の財産です。

おわります(●´ω`●)

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